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福岡市弁護士甲能ホーム判例解説インデックス最高裁「高校サッカー部監督に、天候状況から落雷を予見する義務を認める」

判例解説インデックス

2006.03.14(火)

最高裁「高校サッカー部監督に、天候状況から落雷を予見する義務を認める」

学校スポーツ関係者にシビアな判断

最高裁は、高等学校の生徒が課外のクラブ活動としてのサッカーの試合中に落雷により負傷した事故について引率者兼監督の教諭に落雷事故発生の危険が迫っていることを予見すべき注意義務の違反があるとした(朝日新聞3月13日夕刊)。

これは相当シビアな判断だと思う。被害者生徒の気の毒な事情を考えると、何とか救済すべきだとは思うが、監督さんは監督さんで気の毒な気もする。サッカー・ラグビーは野球等と違い、雨天でも泥まみれになりながら試合を敢行するのが通例になっており、監督さんや大会主催者は雨天の試合にそれ程抵抗感はなかったのかもしれない。今後は、少なくとも学校スポーツの世界では、主催者や監督は、果断に試合中止、大会中止が求められるようになるだろう。

法的責任が認められる「過失」(日常用語でいう「落ち度」)は、置かれた具体的状況の中で、その立場にある平均的な人間が、損害発生という「結果」が「予見」(予想)できたか、予見できたとして「回避」できたか、という形で問われる。その立場の平均的な人間が予見できたなら法的な「予見義務」、回避できたなら「回避義務」があり、それらの義務を尽くさなかったら「違法」で法的責任あり、という思考パターンを採る。

最高裁のホームページから事案を要約すると、具体的状況とは以下の通りである。

私立高校でサッカー部に所属する生徒が、課外クラブ活動の一環としてサッカー競技大会に出場していた。その高校の第1試合が開始された午後1時50分ころには,運動広場の上空には雷雲が現れ,小雨が降り始め,時々遠雷が聞こえるような状態であった。第1試合が終了した午後2時55分ころからは,上空に暗雲が立ち込めて暗くなり,ラインの確認が困難なほどの豪雨が降り続いた。午後3時15分ころには,大阪管区気象台から雷注意報が発令されたが,本件大会の関係者らは,このことを知らなかった。午後4時30分の直前ころには,雨がやみ,上空の大部分は明るくなりつつあったが,運動広場の南西方向の上空には黒く固まった暗雲が立ち込め,雷鳴が聞こえ,雲の間で放電が起きるのが目撃された。雷鳴は大きな音ではなく,遠くの空で発生したものと考えられる程度ではあった。担当教諭は,稲光の4,5秒後に雷の音が聞こえる状況になれば雷が近くなっているものの,それ以上間隔が空いているときには落雷の可能性はほとんどないと認識していたため,午後4時30分の直前ころには落雷事故発生の可能性があるとは考えていなかった。

 その高校の第2試合は,午後4時30分ころ,上記気象状況の下で開始され,その高校のサッカー部員が参加していたところ,午後4時35分ころ,被害者生徒に落雷があった。

 生徒は、救命救急センターに救急車で搬送され,以後,治療を受けたが,生徒には,視力障害,両下肢機能の全廃,両上肢機能の著しい障害等の後遺障害が残った。

という大変に気の毒な事案である。

これについて、大阪高裁が、大会主催者にも引率教諭にも責任ないとしていたのを、最高裁は、教諭に予見義務に違反した過失がある、とした(なお、大会主催者は誰かという問題は省く)。

最高裁は、法的義務について、下記の通り判示した。

「教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動においては,生徒は担当教諭の指導監督に従って行動するのであるから,担当教諭は,できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し,その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り,クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を負うものというべきである。

 前記事実関係によれば,落雷による死傷事故は,平成5年から平成7年までに全国で毎年5〜11件発生し,毎年3〜6人が死亡しており,また,落雷事故を予防するための注意に関しては,平成8年までに,『本件各記載』等の文献上の記載が多く存在していたというのである。そして,更に前記事実関係によれば,A高校の第2試合の開始直前ころには,本件運動広場の南西方向の上空には黒く固まった暗雲が立ち込め,雷鳴が聞こえ,雲の間で放電が起きるのが目撃されていたというのである。そうすると,上記雷鳴が大きな音ではなかったとしても,同校サッカー部の引率者兼監督であったB教諭としては,上記時点ころまでには落雷事故発生の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能であったというべきであり,また,予見すべき注意義務を怠ったものというべきである。このことは,たとえ平均的なスポーツ指導者において,落雷事故発生の危険性の認識が薄く,雨がやみ,空が明るくなり,雷鳴が遠のくにつれ,落雷事故発生の危険性は減弱するとの認識が一般的なものであったとしても左右されるものではない。なぜなら,上記のような認識は,平成8年までに多く存在していた落雷事故を予防するための注意に関する『本件各記載』等の内容と相いれないものであり,当時の科学的知見に反するものであって,その指導監督に従って行動する生徒を保護すべきクラブ活動の担当教諭の注意義務を免れさせる事情とはなり得ないからである。」

ここで『本件各記載』とは、以下の内容である。

「落雷の研究における我が国の第一人者とされるH元埼玉大学工学部教授が編集委員長となっている日本大気電気学会編の「雷から身を守るには−安全対策Q&A−」(平成3年刊行)には,「雷の発生,接近は,人間の五感で判断する,ラジオ,無線機を利用する,雷注意報などの気象情報に注目する等の方法があります。しかし,どの方法でも,正確な予測は困難ですから,早めに,安全な場所(建物,自動車,バス,列車等の内部)に移っていることが有効な避雷法です。」,「運動場等に居て,雷鳴が聞こえるとき,入道雲がモクモク発達するとき,頭上に厚い雲が広がるときは,直ちに屋内に避難します。雷鳴は遠くかすかでも危険信号ですから,時を移さず,屋内に避難します。」との記載があった。これと同趣旨の落雷事故を予防するための注意に関する文献上の記載は,平成8年までに,多く存在しており,例えば,I(気象庁長期予報課勤務)著の「夏のお天気」(昭和61年刊行)には,「雷鳴の聞こえる範囲は,せいぜい20kmです。雷鳴が聞こえたら,雷雲が頭上に近いと思った方が良いでしょう。また落雷は雨の降り出す前や小やみのときにも多いことが分かっています。遠くで雷鳴が聞こえたら,すぐに避難し,雨がやんでもすぐに屋外に出ないことが大切です。」との記載が存在し,また,J(東京学芸大学附属小金井小学校副校長)編の「理科室が火事だ!どうする?」(平成2年刊行)には,「遠くで『ゴロゴロッ』と鳴り出したら,もう危険が迫っているわけですから,早めに避難するようにしましょう。」との記載が存在するなどしていた」

ここまでの認識を高校教諭に要求するのが、今回の判例のシビアなところである。学校スポーツ指導者は、心してかかる必要があろう。