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2006.02.16(木)

横浜事件再審免訴判決

無罪の実体判断せず

2月9日、横浜地裁は、いわゆる「横浜事件」の再審判決公判において「免訴」の判決を言い渡した(朝日新聞夕刊、以下の事実紹介は同紙の記事による)。

「横浜事件」とは、1942年から45年にかけて、当時施行されていた治安維持法に基づいて神奈川県警特高課が行った言論弾圧事件で、拷問で4人が獄死し、約30人が有罪判決を受けた。終戦直後に治安維持法が廃止されたことに伴い、有罪判決を受けた被告らは「大赦」を受けた。なお、取調べ中に拷問をした警官3名が特別公務員暴行傷害罪で有罪判決を受けている。

この事件で有罪判決を受けた元被告らが、拷問による虚偽の自白を強いられ事件はでっち上げだとして再審(もう一度裁判をやり直す手続)を求めていたもので、86年から4回再審請求をし、03年4月に横浜地裁で再審開始決定がなされたが、その前月3月までに元被告らは全員死亡した。その後、東京高裁で再審開始決定が確定し、以後、横浜地裁で再審の審理が進んでいたものである。今回の判決は、その再審手続による裁判所の判断である。

「免訴」とは有罪か無罪かの実体判断の中身に裁判所が立ち入らず、手続き的に審理を打ち切るというものである。横浜地裁は、本件で元被告らが「大赦」を受けていることを理由に旧刑訴法上免訴を言い渡すべき事案に当たるとした。

「大赦」とは、「恩赦」の一種で有罪判決の効力を失わせることである。恩赦とは犯罪者を宥免する制度とされるが、平たく言うと「恩」を与え「赦す(ゆるす)」こと、「宥免」も「ゆるし免ずる」ことで、国家的慶事の際あるいは政治的変動期(刑罰思想の変動が背景)になされる。前者の例は皇太子の結婚などであり、後者の例が本件に当たる。沖縄返還のとき等に選挙違反有罪者の恩赦がなされ批判が巻き起こった例に象徴されるように、恩赦はいわゆる罪を晴らすことではない。平たく言うと、国を挙げてのおめでたいことがあったり犯罪に対する考え方が変わったので、有罪の者も今回は許して上げましょうという趣旨で、無実であることとは無関係に政治的に赦すことである。だから本件の元被告らは納得せずに無実であることを主張して再審を申し立てた。ところが今回横浜地裁は、元被告らは大赦されているから免訴すべき場合にあたるとしたのである。何の解決にもなっていない。

免訴判決で私が思い出すのは、高田事件である。これは、昭和27年に放火、傷害などで起訴された事件が、昭和28年の公判を最後に審理が中断され、約15年後の昭和43年に審理が再開されたもので、最高裁は「憲法上の迅速な裁判を受ける権利を侵害するもの」として「刑事訴訟法上、明文の規定はない」けれども「非常救済手段」として「免訴」を言い渡した。

明文はないけれども免訴を言い渡した最高裁と、今回の免訴の明文があるから免訴を言い渡さざるを得ないという横浜地裁とでは、法に対する姿勢が根本的に異なるように思える。もし免訴すべき場合であるなら、東京高裁まで行って再審決定をする必要がない筈である。横浜地裁判決文は、刑事補償法で免訴の被告らに補償や名誉回復の手立てがあるので、無実の罪に問われて無念の死を遂げた元被告らの法的利益を奪うことにはならないとか、元被告らの死亡について誠に残念とか、弁護人らの主張には謙虚に耳を傾けたとか、大変言い訳がましい。拷問の事実を東京高裁が詳細に認定しているのだから、それを前提に正面から無罪判決を行うのが法の正義というものだろう。それでこそ法と裁判所に対する国民の信頼が確保されるのである。元被告らが控訴したのは当然である。