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判例解説インデックス

2006.05.26(金)

「無限」社長に無罪判決

脱税の故意認めず

モータースポーツで活躍した自動車エンジン製造会社「無限」をめぐる脱税事件で、法人税法違反の罪に問われた同社社長に対し、5月25日、さいたま地裁は無罪を言い渡した(5月25日、朝日夕刊)。既に有罪となった元監査役が主犯格とされ、同社社長との共謀が否定され、同社社長には「脱税の故意が認められない」と認定されたという。

「故意」とは罪を犯す意思をいい、この故意がある場合のみを処罰するのが刑法の建前である(刑法38条1項)。この罪を犯す意思とは、罪となる事実を認識し、その実現を意図するか、少なくとも認容する場合をいうとするのが多数説である。例えば、車を運転していて、通行人を轢いて死に至らせようと「意欲」して実行した場合は殺人罪という故意犯になるが、このとき、このまま車を進行させたら通行人を轢くかもしれないが、死なせることを意欲まではしない、ただ轢いたら轢いたでかまわないと「認容」した場合も故意がある、とする訳である。この後者の場合は「未必の故意」という。そして、このまま進行すれば通行人を轢く危険はあるが、自分の運転技量なら轢くのは回避出来る、大丈夫と思い、死の結果を認容もしていないのに現実には轢いてしまった、という場合は「過失」犯ということになるのである。この場合は「認識ある過失」という。現実には「未必の故意」と「認識ある過失」との差異は微妙だろう。

ちなみに通行人に気付かず轢いてしまった場合は「認識なき過失」だが、そもそも「過失」があるかが問われなければならない事態となる。

この判決の場合、「税金逃れ」という罪となる事実を認識・認容していなかったという認定がなされたことになる。そして「共謀」がなかったとされた訳だが、「共謀」とは平たく言えばグルになって罪を犯す意思を共同していたということで、本件では元監査役には脱税の故意があったが、社長にはなかったということである。簡単な新聞記事ではわかりにくいが、行為者がどう思っていたかという主観に関わるので、かなり詳細な事実認定がなされたのだろうと推測する。

日本の刑事裁判は有罪率が確か98%を超えている。検事が有罪を確信し有罪判決をとれる事件しか起訴しないからだが、この様な趨勢の中で無罪を勝ち取るのは弁護士の勲章だと言われる。多分、検察側が控訴するのではないか。