第I部「裁判員制度をめぐる誤解」・第II部「秩序維持装置の解剖学」・第III部「原罪としての裁き」の3部構成である。
それぞれ興味深い指摘がある。第I部では、日本の裁判員は国民の義務として捉えられているが、他国では裁判への市民参加が市民の権利だと捉えられている例を多数挙げられ彼我の違いを考えさせられる。第II部での冤罪発生の構造などは私の目から見たら今までの知識を再確認させられたものである。
私が一番おもしろかったのは第III部である。刑法は、犯人が自由意志で犯した犯罪を前提に、その犯罪を意思決定したことに責任を問う。ところが、近時の科学は、人間の「自由意志」を否定する。そうなると、現行の刑法体系は瓦解してしまうのだ。では、なぜ人に責任を負わせ刑罰を科すことができるのか。その解決を著者は論じるのだが、要約はムリであるし、ムリに要約すれば誤解を招くであろう。読んで戴くしかない。
私は、仕事として刑事弁護をしているが、その奥底を著者の様に突っ込んで問いかけると仕事にならない。今ある制度を前提としてなし得ることをするのみである。しかし、本来はこの様な問題が伏在していることは頭に留め置くべきであろう。