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福岡市弁護士甲能ホーム判例解説インデックス東京地裁 26年前の殺人事件で、民事賠償命じる

判例解説インデックス

2006.09.28(木)

東京地裁 26年前の殺人事件で、民事賠償命じる

殺害行為の賠償責任は除斥期間経過により消滅

 26年前の殺人事件で、殺害を認めて自首した男と区(男が区の公務員だったことに基づく)に遺族が1億8600万円の損害賠償を求めた民事訴訟で、東京地裁は、26日、殺害をめぐる損害賠償請求については「20年が過ぎ、請求権が消滅した」として棄却し、遺体を隠し続けた点を「殺害とは別の不法行為」と認め、慰謝料など330万円の支払いを男に命じた。区への賠償請求は棄却(27日朝日新聞)。

 新聞によると、男は04年に自首し、自宅床下から遺体が見つかったが、刑事では殺人罪の公訴時効(当時15年)が成立して不起訴となり、遺族が05年、提訴した。

時効と一概に言うが、刑事事件では「公訴時効」という。刑事裁判(犯罪を犯した者を起訴して刑事罰を与えることを国家に求める裁判手続)を起こす権限は、検察官のみが持っており、この権限を公訴権という。この公訴権が行使されないまま、一定期間が過ぎると消滅するとされ、これが公訴時効と呼ばれるものである。証拠の散逸による審理の困難や国家の刑罰権の消滅を根拠とすると言われる。公訴が提起されない限り、刑事裁判は開かれず刑事罰が科されることはないので、本件の加害者は刑事罰を免れることになる。

では、民事の時効はどうかというと、本件で問題とされたのは、26年前の殺人なので、民事の不法行為の20年後に賠償請求権が消滅するとした民法の「除斥期間」の規定が適用されるかどうかという問題となり、時効が完成したかどうかという問題ではない。「時効」も「除斥」もいずれも一定期間が経過すると権利の消滅を来たすものではあるが(俗に「時の壁」と呼ばれたりする)、法的には「時効」と「除斥」は別物で、例えば時効は当事者が主張(援用という)しないと権利の消滅効果が確定しないが、除斥は当事者の援用がなくても期間が経過すれば自動的に権利が消滅する、とされる。最高裁は、民法724条後段の20年がこの除斥期間だと判断したが、実は学説の多くがこれは除斥期間ではなく時効期間だと主張している。

今回の判決は、最高裁の判例に従って民法のこの規定は除斥期間だとした上で、殺害については犯行があった78年8月14日が20年の起算点になり、請求権は消滅したと判断した。 遺族側は、殺害と遺体を隠した行為が一連の不法行為だとして「遺体発見時が起算点」と主張したが、判決は「殺害と遺体隠しでは、不法行為の性質や程度が大きく異なり、一体的に評価することは困難だ」という。この様に区別した上で、遺体を隠した点については、「故人をしのぶ機会を奪う行為で、それ自体不法行為になる」として、04年の遺体発見時を除斥期間の起算点とし、賠償請求権を認めた。

私が参加している中国人強制連行強制労働弁護団で、この除斥期間が大きな壁になっている。この殺人事件に関する東京地裁判決から感じる不合理は、強制労働強制連行事件で感じる不合理と同じである。違法行為を隠し続けることによって、逃げ得を許すことになるからである。