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福岡市弁護士甲能ホーム判例解説インデックス大阪地裁「検事の公訴取消に応じて公訴棄却」

判例解説インデックス

2007.02.18(日)

大阪地裁「検事の公訴取消に応じて公訴棄却」

前夫の子と嘘の出生届でも民法上適法

中国人女性が、交際中の男性との間にできた子供を、離婚した前夫の子供と偽って出生届を出したことが公正証書等原本不実記載・同行使罪に問われた。しかし、子の出生が離婚後300日以内であることが公判開始後に判明したため、前夫の子との推定を民法上受けることにより適法な届であるとして、2月16日、大阪地検は公訴を取消し大阪地裁はこれに応じて公訴棄却とした(朝日新聞朝刊)。

刑事事件ではあるが、民法の仕組みがわからないと理解しにくいので、民法の方の解説をする。

民法772条は、1項で「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」、2項で「婚姻成立の日から二百日後又は婚姻解消若しくは取消の日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」と定める。「嫡出の推定」と呼ばれる規定である。

なぜ、こんな規定があるのか。

民法上、子供は「嫡出子」と「非嫡出子」に分けられる。「嫡出子」とは「法律上の婚姻関係にある男女を父母として生まれた子」であり、「非嫡出子」とは「法律上の婚姻関係にない男女の間に生まれた子」である。

両者でどう違うかというと、父親が自分の子供ではないと法的に確定させたい場合、「嫡出の推定」を受ける子供に対しては「嫡出否認の訴え」(民法774条)という方法でしか親子子関係を否定できないが、「嫡出の推定」を受けない嫡出子(婚姻成立後二百日前に生まれた子)および非嫡出子は「父子関係不存在の訴え」という方法によるべきことになる。そしてこの「嫡出否認の訴え」は、子の出生を知って1年以内に提起しなければならないとされているが(同777条)、「父子関係不存在の訴え」にはこの期間制限はない。何故こんな違いがあるのかというと、子の身分の安定を優先させる趣旨だとされている。尤も、この規定の合理性には疑問を呈する意見もある。

そして嫡出子・非嫡出子の一番大きな違いは、相続関係において非嫡出子は嫡出子の2分の1しか相続分がない(同900条4号)。これは非嫡出子として生まれた子供の側には何の責任もないのに「法の下の平等」(憲法14条)に反する不当な差別であるとして争われたことがあるが、最高裁は憲法違反とはしなかった。しかし最高裁内部でも反対意見があったように、この民法の規定は憲法違反だという説は根強い。私もそう考えている。

いずれにしても、この様に民法上、前夫の子との推定が働く期間に生まれた子を前夫の子と届け出た以上、たとえ虚偽であっても適法であり犯罪とはならない、とした訳である。

公訴取消・公訴棄却についても解説すべきだろうが、上記の解説の後では長くなり過ぎるので別の機会にしたい。

因みに、地検自身で公訴取消とした訳だが、仮に嫡出推定規定がなくても何だかこんなことまで起訴するのかよという感じが私自身はする。被告人が中国国籍であったこととは関係ないのだろうか。