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福岡市弁護士甲能ホーム判例解説インデックス和歌山毒物混入カレー事件の被告人の姿

判例解説インデックス

2005.11.14(月)

和歌山毒物混入カレー事件の被告人の姿

手錠・腰縄の姿を出すのは違法

最高裁は、平成17年11月10日、いわゆる和歌山毒物混入カレー事件の被告人に対して無断で写真撮影し又イラスト描写してこの写真・イラストを掲載した写真週刊誌「フォーカス」の行為につき、写真撮影と掲載、イラストの「手錠・腰縄付の姿」の分の掲載を違法として、新潮社に賠償を命じるこの部分に限り高裁判決を確定させた(その余は差し戻し)。

今回は、最高裁のホームページから判決文をダウンロードしたので、判決の原文を使用して若干の解説を試みよう。判決文は悪文の典型の様に言われることが多いが、そして法論理的に厳密な文章を書こうとすると勢いそうならざるを得ない面があるのだが、今回の判決文は比較的分り易いと思うので、原文を引きながら解説して行きたい。硬い文章が続くが、我慢して読んで頂けると、生の法律家の世界が感得できると思う。

「(1) 人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。もっとも,人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって,ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。

また,人は,自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当であり,人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には,その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は,被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして,違法性を有するものというべきである。」

ここで注意して貰いたいのは、「肖像権」という言葉がどこにも出て来ないことである。新聞の見出し等は簡潔を旨とせざるを得ないので、簡単に「肖像権」と言ってしまうが、憲法以下日本の法律で明文で「肖像権」を規定して保護した条文は存在しない。ここでは「人格的利益」と言っている。

引用されている最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決というのは「京都府学連事件」という通称で、私たちが憲法の勉強の際に最高裁が「人格権」(「肖像権」と銘打つ判例解説もある)を認めた判決として教えられる。根拠条文は憲法13条「全て国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」である。この事件は、京都府学生自治会連合会がデモ行進している姿を警察が無断で撮影した行為について、人格権侵害として違法性を帯びるか、その撮影行為が公務執行妨害罪でいう「公務」に該当するか、という形で問題となった。当時の最高裁は「違法性を帯びる場合−人格的利益を侵害する場合−がある」ことを判示し、そこで確立された判例を本件の判決が引用した訳である。

そして、上記引用の判決文では、前半で「みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益」と言い、後半で「自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益」と言っている。つまり、そもそも撮影自体がなされない人格的利益、更に撮影された写真が公表されない人格的利益として、二段構えで人格的利益の内容を明らかにしているのである。

その上で、では無断で撮影されたら直ちに人格権侵害として違法なのか無断で公表されたら直ちに違法なのか、というと、そうではなくて、「正当な取材行為として許される場合」もあるとする。で、その様に許される範囲か許されない範囲かは、「被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうか」、要するに、写真を撮られる側が社会生活上我慢すべき場合か否かを総合的に判断すべきである、という訳である。平たく言えば「常識」で判断する、と言ってもそう間違いではない。

長くなったし、以下は特に難しい法律用語が出てくる訳ではないので、原文を掲げるのみとする。

「これを本件についてみると,前記のとおり,被上告人(撮影された側−引用者)は,本件写真の撮影当時,社会の耳目を集めた本件刑事事件の被疑者として拘束中の者であり,本件写真は,本件刑事事件の手続での被上告人の動静を報道する目的で撮影されたものである。しかしながら,本件写真週刊誌のカメラマンは,刑訴規則215条所定の裁判所の許可を受けることなく,小型カメラを法廷に持ち込み,被上告人の動静を隠し撮りしたというのであり,その撮影の態様は相当なものとはいえない。また,被上告人は,手錠をされ,腰縄を付けられた状態の容ぼう等を撮影されたものであり,このような被上告人の様子をあえて撮影することの必要性も認め難い。本件写真が撮影された法廷は傍聴人に公開された場所であったとはいえ,被上告人は,被疑者として出頭し在廷していたのであり,写真撮影が予想される状況の下に任意に公衆の前に姿を現したものではない。以上の事情を総合考慮すると,本件写真の撮影行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えて,被上告人の人格的利益を侵害するものであり,不法行為法上違法であるとの評価を免れない。そして,このように違法に撮影された本件写真を,本件第1記事に組み込み,本件写真週刊誌に掲載して公表する行為も,被上告人の人格的利益を侵害するものとして,違法性を有するものというべきである。」

イラストの場合も基本は同じであるが、別の考慮も働く。

「(2) 人は,自己の容ぼう等を描写したイラスト画についても,これをみだりに公表されない人格的利益を有すると解するのが相当である。しかしながら,人の容ぼう等を撮影した写真は,カメラのレンズがとらえた被撮影者の容ぼう等を化学的方法等により再現したものであり,それが公表された場合は,被撮影者の容ぼう等をありのままに示したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。これに対し,人の容ぼう等を描写したイラスト画は,その描写に作者の主観や技術が反映するものであり,それが公表された場合も,作者の主観や技術を反映したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。したがって,人の容ぼう等を描写したイラスト画を公表する行為が社会生活上受忍の限度を超えて不法行為法上違法と評価されるか否かの判断に当たっては,写真とは異なるイラスト画の上記特質が参酌されなければならない。

これを本件についてみると,前記のとおり,本件イラスト画のうち下段のイラスト画2点は,法廷において,被上告人が訴訟関係人から資料を見せられている状態及び手振りを交えて話しているような状態が描かれたものである。現在の我が国において,一般に,法廷内における被告人の動静を報道するためにその容ぼう等をイラスト画により描写し,これを新聞,雑誌等に掲載することは社会的に是認された行為であると解するのが相当であり,上記のような表現内容のイラスト画を公表する行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えて被上告人の人格的利益を侵害するものとはいえないというべきである。したがって,上記イラスト画2点を本件第2記事に組み込み,本件写真週刊誌に掲載して公表した行為については,不法行為法上違法であると評価することはできない。しかしながら,本件イラスト画のうち上段のものは,前記のとおり,被上告人が手錠,腰縄により身体の拘束を受けている状態が描かれたものであり,そのような表現内容のイラスト画を公表する行為は,被上告人を侮辱し,被上告人の名誉感情を侵害するものというべきであり,同イラスト画を,本件第2記事に組み込み,本件写真週刊誌に掲載して公表した行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えて,被上告人の人格的利益を侵害するものであり,不法行為法上違法と評価すべきである。」