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2015.03.09(月)

64(ロクヨン)

横山秀夫

著者横山秀夫氏が7年の空白を破って書いた、横山ファンには待望久しい長編。

「64」(ロクヨン)とは、D県警管轄下で起き未解決のまま平成の時を重ねた誘拐殺人事件を呼ぶ警察内部の符丁である(年号が平成に切り替わる直前の昭和「64」年、昭和天皇崩御までの僅かな昭和の終わりの期間に起きた事件であることに由来)。

この事件が12年の歳月を経て解決するか、というミステリー部分がこの小説の一方の主軸である。この謎を最後まで引き摺り、終盤、劇的な展開を遂げる。

他方の主軸は、D県警広報官で主人公の三上が、圧し掛かる様々な「負荷」に圧し拉がれながら、組織内部を生き抜く姿。その様々な負荷とは、上級庁たる警察庁(より具体的には出向組のキャリア官僚上司)の圧力、キャリアではないが県警生え抜き組の刑事部・警務部との反目、県警と馴れ合いつつ反目しつつという県警記者クラブとの神経を磨り減らす相克(一時は中央マスコミとの軋轢まで)、そして何より最愛の一人娘の失踪とその失踪のせいで消耗する元警察官である妻、等などである。

横山ワールド全開、と言っていい。暗欝な色に染め上げられた横山ワールドの中を、見事な造形を施された三上を始めとする登場人物たちが跋扈する。

本作に限らないが、著者の描く沢山の警察小説はサラリーマン小説である。謎解きよりは、寧ろ組織人として生きざるを得ない者たちの呻唸が横山ワールドの一大特徴。サラリーマン生活にとうとう馴染めなかった私からすれば、読みながら同情と羨望を同時に覚えるという不思議な感覚に包まれる。私があのまま公務員を続けていたら今頃どうなっていたか、横山ワールドの住人たちのように苦悶の声をあげながらも組織を生き抜いていけただろうか、とつらつら考えてみたりもする。短期間の組織人として挫折した私がそうなのだから、現役の組織人たちは本当に身につまされるのではないだろうか。

上下2巻と少々長いが、十分読み応えがある。


文春文庫 各巻640円+税