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2014.12.30(火)

書評「その女アレックス」

ピエール・ルメトール 橘明美訳

 なんと2年ぶりの書評である。「書評」というと肩に力が入るので、「読書感想文」として「日記」に回そうかと思ったが、日記は日記で随想なので、やはり羊頭狗肉ということを宣言して、書評欄に書こう。

 フランスのミステリーである。イギリス推理作家協会インターナショナル・タガー賞受賞。日本では、週刊文春のミステリーランキング1位など、世評が高い。

3部構成。各部それぞれに趣きが違うが、題名通りにアレックスという女性が主人公、それを追うもう一人の主人公がパリ警視庁のカミーユ・ヴェルヴェーン警部。追いつ追われつの息詰まるサスペンスというタイプの小説ではないが、小説全体に様々な仕掛けがしてあり、次々とページを繰って行かざるを得ない。第1部ではアレックスの正体はわからないが、第2部で明かされ、第3部では…という訳で、ネタバレになってはいけないので、これ以上は書けない。実に考え抜かれた小説だと言える。

 主人公二人をよく書き込んである。それに、脇役、特にヴェルヴェーン警部のまわりがいい。富裕なルイ・マリアーニ、どケチのアルマン、上司のグエン、鼻もちならない予審判事のヴィダール、などなど。その他、登場時間は短いのだが、被害者たちも目撃者達も的確なタッチで、すぐに像が結べる。ようするに、この作家は、叙述の仕掛けのみならず人物描写も実にうまいのだ。例えばこんな具合。

「だからカミーユ(ヴェルヴェーン警部のこと)はいつも相手を見上げている。見下ろせるような相手に出会ったことはないに等しい。百四十五センチは単なるハンディキャップですむレベルではない。それは二十歳で屈辱となり、三十歳で呪いとなった。しかもどうにもならないことは最初からわかっている。つまり運命だ。そしてその運命を背負わされた者は、大言でも吐いて生きていくしかない。

  だがイレーヌと出会って、そのコンプレックスがある種の力に変わった。イレーヌがカミーユの心の中の伸長を伸ばしてくれたので、かつてないほど強くなれた。イレーヌがいてくれたからこそ、自分はあれほど……。カミーユは言葉を探したが出てこなかった。イレーヌがいないと言葉さえ浮かばない。」

 ミステリーとしての楽しみのみならず、パリの街、フランス人らしい登場人物達、が堪能できることも本書の楽しみである。正月休みにお薦めの一冊。

 それにしても、ミステリーの書評はネタを明かせないので、中々にむつかしい。


文春文庫 929円(税込)