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2010.08.16(月)

永遠の0(ゼロ)

百田尚樹

司法浪人をしている「僕」とライター志望の「姉」が血の繋がっている祖父について調べ出す。その祖父は「僕ら」が生まれる前に戦争で死んでおり、「僕ら」が日頃「おじいちゃん」と呼んでる人は別にいるが血が繋がっていない。その死んだ祖父が名機の誉れ高いゼロ戦の戦闘機乗りであり、最後は特攻隊で死んだということがわかる。そういう流れを調べて行く過程で、次第に祖父の人間像が明らかになっていく。そして、最後に特攻という自爆攻撃へ突き進む第二次大戦日本軍部の愚かさも同時に明らかになって行く。尊い人命をまるで弊履の如く捨てて顧みない軍部の非人間性がこれでもかこれでもかと明らかにされる。そういう軍部の風潮の中にあって主人公たちの祖父の人間像が当時異色の存在であったことがわかる。祖父の宮部久蔵は神業的戦闘機乗りでありながら、命を惜しみ「臆病者」とのレッテルさえ貼られる。

少し意地の悪い見方だが、途中から本書の構成や主人公の造形が浅田次郎氏の「壬生義士伝」を思い出させる。壬生義士伝の吉村貫一郎は剣の達人でありながら家族のために金に汚くて評判が悪い。どちらの小説も仲間の一人称で主人公像を語らせるのだが、そこで、真の勇者とはどういう者か次第に読者の腑に落ちてくるという構成になっている。百田氏が意識したかどうかは明らかではないが浅田氏の小説の影響があったのはまず間違いないだろう。

しかし、主人公や構成が似ていたとしても、この二つの小説は全く別の主題であるし、本書の価値を貶めるものでは全くない。特に第2次大戦が如何に愚劣に戦われたかを随所に示す著者の怒りは深く見事な反戦小説となっている。また、最後には驚くべきドンデン返しが用意されていて、小説的興趣も尽きない。

「2009年最高に面白い本大賞文庫文芸部門第1位」だそうだが、反戦小説をこれだけエンターテイメントとして読ませる力量は大したものである。戦争を直接知らない我々こそ真っ先に読むべき本だろう。


講談社文庫
876円+税